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2017.05.30

東京と南房総の「しましまの生活」だからこそ視点が広がった! 二地域居住のパイオニア馬場未織さん

【インタビュー「越境人」 】
居住地、年齢、経験、性別、キセイガイネン……会社という枠・ボーダーをこえて、自分の可能性を最大限に活かそう。ボーダーをこえている人達を「越境人」と私たちは呼んでいる。ここでは、彼らの「越境人」となるための秘訣を聞く。

 


 
今回の越境人は、東京と千葉県南房総市の二地域居住で活躍されている馬場未織さん。東京ではライターなどの仕事を行い、二地域居住先として選んだ南房総で、「NPO法人 南房総リパブリック」を立ち上げて活動されています。そんな馬場さんの折り重なってきたキャリアについて伺います。

 

社会課題を広く世に問うため、建築家から建築ライターへ転身

馬場未織

 
Q. 今までの経歴を教えてください
 

大学時代は意匠デザインの研究室にいたので、卒業後は千葉学さんの建築事務所に就職しました。当時は千葉さんのパートナーの方と3人しかおらず、1人1人が知恵を縛らないと物事が進まないくらいで、とても忙しく、とても勉強になりました。そして第一子の妊娠9か月まで働いて、出産を機に辞めました。

 

その後は子どもが可愛すぎて復帰がなかなかできず、2、3年くらい主婦をしていました。このときに、はじめてしっかり「暮らし」ができた気がします。そして今まで生活の器(建物)をつくっていたけど、中にある生活は知らなかった!と気づきました。
 

そして散歩している中、公園の中にあったブルーシートのおうちを見た息子に「ママはおうちをつくれるのに、なんでこの人たちのおうちをつくらないの?」と言われたことで、社会課題に気持ちが向きました。

 

元々文系だったこともありますし、社会課題を広く世に問うには、と文章を書く職業に転向しようと思い至り、自分の想いを書き綴ったものを友達の友達というツテなどを頼りながら、突撃という形で出版社の方に持ち込んだりしていました。2005年頃だったので、知り合いの編集者の方には大勢の方に読んでもらいたかったら新聞の投稿欄に出してみたら? と言われる時代で、持ち込みしか方法がわかりませんでした。でもそこから「Casa BRUTS」などで記事を書かせてもらうことになり、徐々にライターとなっていきました。

 

プライベートの二地域居住からライターの仕事が広がった

 

Q.持ち込みから出発して、そこからはライターの仕事をどう広げられたんですか?

 

2007年頃、長男の虫好きにこたえたくて、週末だけ南房総で暮らす二地域居住をはじめました。そこへ当時東京R不動産を経営していた友人の馬場正尊さんらが遊びに来てくれて、「この暮らしのいきさつを東京R不動産で連載してみたら?」とふと声をかけてもらったのが、ライターの仕事が広がったきっかけです。

 
連載は感触が良く、直接世界と繋がっている感じが面白くて、連載終了後には個人ブログを始めました。そのタイトルが今のNPOの名称でもある「南房総リパブリック」です。

 

SNSでつながったご縁で新たな事業を立ち上げ

 
Q. 個人でブログを書き始めてから、NPO法人立ち上げまでを教えてください
 

自分と同じように南房総について書いている人がいないかな?とネットで検索した際に、生き物を好きでとても写真もキレイ、そして家も近所だった方をたまたま見つけ、ブログにコメントを入れて、お会いすることになりました。その方がほんまる農園の本間さんです。東京農工大の博士課程を出られており、虫などにとても詳しかった。彼との出会いから、都会の子を南房総に呼び、のちに自然観察をする里山学校プロジェクトが生まれることになりました

 
一方で、ある時Twitterを見ていたら、建築関係の人たちが「間伐材を使ったものをつくりたいよね!」 と盛り上がっているのを見つけ、「南房総の間伐材が使えるかも」とコメントをしたのがきっかけでオフ会をすることになり、「南房総の里山環境を活かす活動ができるんじゃないか」という話になりました。加えて、大学時代から親しかった友人らも現地に招いて話を重ねるうちに、16人ほどの仲間ができ、2011年には任意団体「南房総リパブリック」を立ち上げ、2012年に法人化しました。

 

現在、南房総リパブリックは、里山学校以外に自分で古民家を断熱改修するエコリノベワークショップなどさまざまな取り組みをしています(別記事でご紹介します)。

 

二地域居住の発展形が移住ではない!

馬場未織

 

Q.二地域居住をされてから10年が経ち、どうですか?

 

正直、気軽にできる暮らしとは言いがたいところもありますが、「やろうかな?」と少しでも思っている人はやってみるといい! と思います。単なる週末のレジャーとは異なる学びもあるし、体温が上がる経験、出会いがあります。留学と同じくらいパンチがある大人の学びなんじゃないかと思っています。

 

私自身、もしもこの暮らしをしていなかったら、今あるこの暮らしの密度をどうやって埋めていたのだろう? と思うほどですね。仕事や学校などのある日常において、私や家族にとっての限られた自由時間の使い方が、二地域居住だったと思います。

 

そして、都市と田舎で交互に暮らす二地域居住というしましまの生活をすることで、どっちの地域についてもクリアに見えてくるようになり、またものごとを捉える視点が増えたことで、世界は立体的に見えくるようになりました。よく地方の移住促進などで、二地域居住は移住の準備段階、と位置付けられていますが、二地域居住はそれ自体が、完成されたライフスタイルだと言えるのではないかと思っています。

 

おわりに

 
馬場さんが先日行かれた女子大で「二地域居住」について学生に聞いたところ、その言葉すら、誰も知らなかったとか。ただ、どういう暮らしなのか話すと興味を持ち、理解も深めていたとのこと。移住が前提ではなく、あくまで二地域に居住し、今の生活をより立体的にするヒトが馬場さんの活動を通して増えればいいなと思いました。この連載もその手助けになればいいと思います。
馬場さんの南房総の方達に貢献したい! という想いから始まった「NPO法人南房総リパブリック」の活動については、別の記事でご紹介しますので、お楽しみに!

この記事の筆者

yoko koga

こが ようこ

IT企業にてSE、営業として働き妊娠を機に退社。地域でママ向けのイベント・講座を行う団体の代表をしている。 住んでる地域を楽しいところにしたい!という活動を展開中。好きな言葉は「なんとかなる」、子育てモットーは「死ぬこと以外はかすり傷」。