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2017.10.31

80歳まで働くなら、52歳は折り返し!大手通信会社と2足のわらじで社会人人生後半をデザインする松澤寿典さん

【インタビュー「越境人」 】
居住地、年齢、経験、性別、キセイガイネン……会社という枠・ボーダーをこえて、自分の可能性を最大限に活かそう。ボーダーをこえている人達を「越境人」と私たちは呼んでいる。ここでは、彼らの「越境人」となるための秘訣を聞く。

 

 
今回の越境人は、大手通信会社で研究職として働かれながら、2013年よりプロボノ活動を開始。そして今年、一般社団法人ソーシャリスト21stを立ち上げられた松澤さん。大手通信会社勤務としての未来はグループ会社での再雇用、研究職としての未来は大学という選択肢が見えたときに、それ以外の道を模索してつくられてきた第2のキャリア。80歳まで働きたいと語る松澤さんの社会人人生後半のキャリアデザインについて伺いました。
 

80歳まで働くとしたら、今はまだ折り返し。それなのに定年退職になり、その後はどうする?

 
Q.まずは2013年にプロボノ活動を開始されていますが、どういう経緯で活動を始められたのですか?
 
私の場合は53歳で本社は退職になり、その後、ほとんどの人がグループ会社で再雇用になります。今は人生100年時代と言われて、私も80代で体が動くまでは働きたいと思っています。25歳で就職して、今27年。仮に80歳までとしてもまだ折り返し地点です。そんな中、本社は来年には退職で、グループ会社にうつったとしてもあと7年です。まだ30年弱働きたいのに、安定なのは7年だけ。残りはどうしたらいいのかと考えた時に、会社に依存するだけではダメだと思いました。
 
そんな中「THE BIG ISSUE」という雑誌を知り、ビジネスの仕組みで社会貢献ができることに興味がわきました。そこで社会起業大学の体験授業などで色々情報収集をしているうちに、まずは色々体験してみようと、プロジェクト単位で入れるプロボノ活動を始めました。
 
Q.プロボノ活動ではどのようなプロジェクトに参加されていたのですか?
 
2013年の11月から約3年半で、11個のプロジェクトに参加しました。イベントの運営リーダーからプロジェクトマネージャーまでやりました。また団体の課題整理から、事業計画作成、そしてWebサイトやパンフレット作成など幅広く活動しました。これらの経験を通して、特定の分野や個別の社会的課題解決よりは、ビジネスのスキルや手法を活用した社会的課題を解決する仕組みに強い興味を抱きました。また、プロボノ活動は収入にはなりません。今後30年働くと考えた時に、寄付を含めた財源獲得のスキルが必須と考え、ファンドレイジングに興味を持ち、准認定ファンドレイザーを取得しました。
 

ビジネスマンが社会貢献しながら、稼げる道を!50代からのパラレルキャリア

 

 
 
Q. プロボノ活動からファンドレイザーと活動が広がり、そこからさらに一般社団法人を立ち上げられたのはどうしてでしょうか。
 
ファンドレイジングスクールで勉強している中で、資金調達の仕組がビジネスと同じで、多くのビジネスマンが関わっていることを知りました。そこで自分と同じように社会貢献に興味のあるビジネスマンが活躍して、さらに収入を得ることができることが出来ないか? と「一般社団法人ソーシャリスト21st」を立ち上げました。
 
Q.松澤さんの周りでも、会社外に飛び出して、このような活動をされている方はいますか?
 
私がいる研究者の世界は、NPOなどの多様性の世界とは真逆で、同一価値観で深さを探求し、そこを共有・共感し合う世界です。研究職の社会貢献は、成果を論文等で発表し、多くの人々に使って頂くことです。なので、私のような活動をしている人は同じ研究系では見ないですね。
 
でも私自身、ソフトウェアの開発をしてきて、ソフトウェアというのは普遍的なルールをプログラムにして動かすもので、様々なものの共通項はなにか? と常に考えて、根幹にあるプラットフォームをつくることに面白さを感じるので、それはビジネスを活用して社会的課題を解決する仕組みにも通じるものがあります。
 

NPOの多様性を経験したことで、会社も家庭も円満に!

 

 
Q.技術職の世界とは正反対の多様性の世界を経験したことのメリットはありますか?
 
プロボノ活動で出会った異なる世代、文化に興味がわきました。資料のつくり方も全然違いますからね。技術・研究の世界はグラフや数字が大切で、NPOのようにエモーショナルな言葉は全く出てきません。ただ、そうはいっても、仕事はグループで進めるもので、グループマネジメントも必要だし、個々のモチベーションも必要です。仕事上、役職のあるものから命令すれば、もちろん60点くらいのものは出てきても、共感がなければ120点なんてものは出ません。かたやNPOではみんなフラットな関係で、ボランティアの中、理念への共感などからモチベーションをあげて取り組んでいます。共感をベースにした組織マネジメントはプロボノ活動を通して、学び、本業の方にも生きました。
 
でも一番褒められたのは、奥さんからです。これまで、「傾聴」という言葉を知らず、「寄り添うってどういうこと?」と思っていたほどだったので、奥さんと話していても、ついアドバイスや話の整理をしようとしてしまっていました。なので、もうこの人に話してもしょうがないと思われていたようです。そこから今は、まずは話しをよく聞き、「大変だったね」と同意をするようになり、それはすごく喜んでくれています
 

複数のコミュニティでバランスをとり、年齢とともに柔軟にキャリアのシフトをデザインする


 
Q. そのほかにも、今までの活動のメリットってありますか?
 
昔は1つのことに固執して、何かあったときにも引けないところがあったのですが、今のように複数のコミュニティに所属することで、心のバランスがとれるようになりました。この複数のコミュニティというのはとても大切で、今働いている特に男性は、退職すると一気にそれがなくなってしまうので、まずは今から少しずつ所属コミュニティを増やしていくのがいいと思います。
 
今って50代半ばで収入が下がり、60歳で退職。年金開始までの5年間をアルバイトするなり、ボランティアするなりって方が多いと思うのですが、それは企業の枠組みの雇用という制度にのっているだけです。私自身は、今50代半ばで一般社団法人を立ち上げ、60歳頃には社会起業家として独立し、65歳からは後進を育てるように、年齢とともに柔軟に働き方をシフトしていくことをデザインしたいと思っています
  
<松澤さんの考えるポートフォリオの提案> 
 
Q.最後に一般社団法人ソーシャリスト21stとして、今後やりたいことを教えてください
 
私のような社会貢献をしたい方に対して、今は単発のボランティアやプロボノの情報はあるものの、分野ごとに活動団体が体系的に整理された俯瞰的な情報やスタッフやボランティア経験者の体験談のような情報が非常に少ないのが現状です。そこで、団体の活動内容や支援方法などを紹介する「地球の歩き方」のソーシャル版のガイドブックをつくりたいと思っています
 

おわりに

 
40代後半、今後の人生を考えた時から、「会社に依存しない」生き方を模索し始め、興味の赴くままに行動し、退職まであと1年と迫った今、自分のやりたいことを見つけて社団法人を立ち上げられた松澤さん。「年齢とともに柔軟にシフト」という言葉がとても印象的でした。大手通信会社でしかも深い世界の技術研究職。それでも外に飛び出していくお話しを伺い、私ももっと「がんばらないと」と思いました!
 
これから先、社会起業家として独立される60歳の松澤さんが楽しみです。

この記事の筆者

yoko koga

こが ようこ

IT企業にてSE、営業として働き妊娠を機に退社。地域でママ向けのイベント・講座を行う団体の代表をしている。 住んでる地域を楽しいところにしたい!という活動を展開中。好きな言葉は「なんとかなる」、子育てモットーは「死ぬこと以外はかすり傷」。