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2017.02.22

【A面】VSOPで積み上げた7枚の名刺!株式会社パソナ湯田健一郎さん

 

【インタビュー「企画人」 】
「企画人」は自由だ。働き方も自由だ。理想と現実のギャップを埋めるチカラ、「企画力」があれば、仕事も、はたらきカタも、プライベートも、人生はもっと自由にデザインできる。多様な企画力を駆使してその人らしい生き方を実現している先人たちを訪ね、「A面:生き方・働き方」「B面:企画のポイント」をテーマに話を聞く。

 

 

今回の企画人は、株式会社パソナでICTを活用し、場所を問わず多様な人材の能力を活かす「LINK WORK STYLE」の推進を統括している湯田健一郎さん。実は湯田さんにはいくつもの顔があり、「LINK WORK」事業はその1つ。そのほかにも株式会社パソナグループの投資政策委員会事務局シニアマネージャーや、株式会社パソナテックのマーケティング企画部マネージャー、一般社団法人クラウドソーシング協会事務局長など、7つの顔そして7枚の名刺を持っています。今回のA面では、その7枚の名刺を持つまでのキャリアを紐解きます。

 

※記事は【A面―生き方・働き方】と【B面—企画のポイント】の2回に分けてお届けします。本記事は【A面】です。

 

新入社員研修時の1つの疑問をきっかけにはじまったキャリアの多様性

 

Q. 7枚の名刺を持つ湯田さんの最初のきっかけはなんだったんですか?

 

入社した頃のパソナでは新入社員研修で「名刺キャンペーン」という社外の人とより多く名刺交換をし、その枚数を競うというものがありました。当時はただ集めることが目的のように感じてしまい、「もっとうまく活用できそうなものなのに……」という想いを持ちまして。集めた名刺が何枚あり、その何%が次の営業ステップに繋がり、そしてその繋がった営業が会社の新規営業活動の何%を担っているかを新人全員で調べ、常務にプレゼンをする機会をいただきました。単純に「せっかくやっていることだから活かしたらいい」という想いでやっていましたね。

 

そうしたらプレゼンをきっかけなのか、2年目になった際に、1年目の新入社員営業研修を企画をするようになりました。また会社の付加価値創造を考える社長直轄プロジェクトの事務局に指名されたり、新設するグループ横断の営業推進部門のコンサルティング担当に選抜され、自分のいた営業部門をこえてさまざまなことを提案できるようになったりと、部門の枠をこえ活動することができるようになりました。

 

自分の人生25歳まで。第2の人生に留学を

 

Q.1年目の1つの疑問からはじまったんですね。社内の部門を超えてからはどういう働き方をしていたのですか?

 

実は就職活動のときに自分に「自分の人生25歳まで」というワンフレーズをつけていました。なんで25歳かというと、人の4倍のスピードで生きたいと思っていて。就職活動の面接でも「あと4年しかない。そう思って行動するし、パフォーマンスを出していく。だから実りある面白いことをしていきたいんです」と語ったのを覚えています。

 

そして4年頑張りまして。そして、25歳になったときのある朝、電車の窓にうつった自分の顔が疲れていたんですよね……。そして、4年たったことだし、興味ある組織についてもっと勉強しに、多様性を活かす先進国に行こう!と。もう一度自分の立ち位置や考え方をつかまえたいと思っていたので。1年準備して26歳でカナダに留学しました。

 

Q.留学から帰ってきて、働き方に変化はありましたか?

 

まず考え方が広がるきっかけになりました。「シェア」というキーワードにより、視座の置き方が変わって。また日本のよさを改めて知ることができましたし、オフィスに通勤するというスタイルではなくても仕事ができるという環境の体験や、人のネットワークが重要という考え方など、今の働き方の原点になったと思います。

 

具体的には、さまざまな人と繋がって仕掛けるほうが面白い! と、より社外の方とコラボレーションして仕事をやるようになりました。社内でも、会社のブランディングやホームページのリニューアルなどのマネジメントの仕事をするようになり、社内にはウェブブランディングのプロがいないので、社外の人に聞きつつ、自分で考えてつくる日々。それがいろいろな人たちとのコラボレーションを重ねる良い機会になりました。会社にもきちんとWINをもたらしているから、社外との繋がりを増やせたと思います。

 

VSOPで7枚の名刺を持つ男に!

 

Q.留学後に社外との繋がりが加速したんですね。

 

自分のキャリアを新 将命さんの「VSOP」で考えていて……(ビジネス人生の「VSOP」として、20代は「Vitality」、30代は「Specialty」、40代は「Originality」、50代は「Personality」と言われている)。20代は社内外の人から頼まれたものはNOと言わずにやってみて、きちんと形をつくることで、いろんな人から声かかるようになりました。ちょうど「Vitality」の時期です。「あいつに声かけたら、ものごとが動き出す」と思われるのを目指していました。社内でも2年目に部門をまたたる仕事について以降、システム開発、BPR、経営企画、新規事業開発など、人材の会社においてあえて社内でやっている人が少ない分野にも積極的に取り組んできました。

 

そして30代前くらいに自分は働き方改革、テレワークという分野でやっていくという「Specialty」をもちました。そして今はクラウドソーシングにおける知見という「Originality」をもちました。20代からの働き方で社内外さまざまな人とつながり、30代になってからはきちんとそこに向けて「自分はこれをやっていますよ」と発信してきたことをひろってもらったことで、今があると思っています。これからはさらに「Personality」を磨いていこうと思っています。

 

以上、A面では湯田さんの7枚の名刺に至るまでのキャリアについて伺いました。
湯田さんとのインタビューで印象的だったのが、「目の前のことをやるのが一番大切だけど、目の前をつくるのは自分」という言葉。湯田さんは、いろんな場所にいき、そこに“目の前”をつくってきたそうです。そんな湯田さんの7枚の名刺を支える企画力は、【B面】で迫りますので、お楽しみに!

 
<つづく>

この記事の筆者

yoko koga

こが ようこ

IT企業にてSE、営業として働き妊娠を機に退社。地域でママ向けのイベント・講座を行う団体の代表をしている。 住んでる地域を楽しいところにしたい!という活動を展開中。好きな言葉は「なんとかなる」、子育てモットーは「死ぬこと以外はかすり傷」。