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2015.12.18

【企画人:A面】中村一浩さん(Project Design Office代表)/合理と非合理、右脳と左脳、自由に振り子を行き来する

 

【インタビュー「企画人」 】
「企画人」は自由だ。働き方も自由だ。理想と現実のギャップを埋めるチカラ、「企画力」があれば、仕事も、はたらきカタも、プライベートも、人生はもっと自由にデザインできる。多様な企画力を駆使してその人らしい生き方を実現している先人たちを訪ね、「A面:生き方・働き方」「B面:企画のポイント」をテーマに話を聞く。

 

中村一浩さんの画像

 

今回の企画人は、長野県小布施町で、役場、大学、地方銀行、都心のビジネスマンなど多様なセクターを巻き込み、“対話”を通じて事業を生み出すプロジェクト『小布施インキュベーションキャンプ(以下、OIC)』を立ち上げた、中村一浩さん。一見対極にある「左脳的」な事業構想と、「右脳的」な感覚や想いを自由に行き来するスタイルで、事業をつくっている。何がそのスタイルを確立してきたのか? そこにいたるまでの背景を紐解く。

 

※記事は【A面—生き方・働き方】と【B面—企画のポイント】の2回に分けてお届けします。本記事は【A面】です。

 

事業の立ち上がる「まで」が好きなんです。

 

Q.まずは、中村さんのキャリアを教えてください。

 

大学を卒業して、ベンチャー企業で新規事業の営業を担当。その後、機械部品商社のミスミでは商品開発担当として、商品を生み、形にする一連の経験をしました。それからリクルートグループに移り、新規の社員研修事業を立ち上げ、在職中に事業構想大学院大学で事業構想修士を取得。その後は独立してOICの立ち上げや、地域での事業創出などに携わっています。

 

僕は、事業の立ち上げ時、マイナスのところからプラスに持っていくまでの過程が好きで、気づくと、いつもそのフェーズにいるような気がします。立ち上がって順調になりはじめると、自分じゃなくてもいいかなと思ってしまうんです。これって、事業としては利益が出ないところばかりにいることになるので、傍目には、苦労ばかりに見えるかもしれませんね。

 

徹底した戦略思考とその推進で、組織の急成長を体験

中村一浩さんの手元画像

 

Q. ミスミに在籍した期間は、まさに書籍にもなった『V字回復の経営の時代』だったのですね。そのときはどのような経験をされたのですか?

 

当時社長の三枝氏の考える事業戦略は要求されるレベルも高く、自分の力不足にとことん凹みました。けれど、ビジネスサイクルすべてを受けもち、戦略全体を見渡しながら事業を進める経験を重ねる中で、少しずつ、その考えを吸収できたように思います。

 

ミスミではよく「椅子の脚だけを作る職人になるな」といわれるんです。分業しての部分最適ではなく、商品企画から、製造、開発、流通、販売、アフターフォローまで一連のサイクルを自分で回すので、疑似経営体験ですよね。必要なら製造工場も変えますし、ないものはつくります。商品個々のPLを見ながら自分で判断し、進めていくので、事業を進める手ごたえを、実体験をともなって感じることができました。
経験を重ねるにつれて実績も出せましたし、会社自体も伸びていたのですごく楽しかったです。

 

Q.どのようにして実績が出るようになったのですか?

 

ミスミでは、とにかくロジックが重視されていました。仮説・検証が徹底されていて、考える力、構造化する力が鍛えられました。

 

例えば、商品の売上が伸びないことがあれば、その理由を、どういう変数で成り立つのか、構造化して考えるんです。一見、具体的に捉えづらいものであっても、それを分解して、構造を把握、目標に向けた仮説、施策、検証までを実施します。大事なのは、このくらいでいいか、こういうものだろう、と決めつけて、思考を止めてしまうことだ、そう教えられました。

 

究極の非合理へ。戦略を立てる前に想いと行動。

中村一浩さんがお話している画像

 

Q.極めて合理的な経営のスキルを鍛えてこられたところから、真逆ともいえるモチベーション・マネジメントを重視するリクルートへ転職したのはなぜですか?

 

ミスミの仕事は好きでしたし、ものづくりのすばらしさは体感してました。しかし、子どもに自分の仕事の話をするとき、「機会部品」を扱っている自分は、自分じゃない気がして。じゃ、本当に好きなものは何だろうと考えたら、「人」に行き着きました。そこで、リクルートに行こうと思ったんです。

 

転職後、すぐにいわれたのは「お前は何がしたいの?」「自分で天井を作るな」「まず行ってこい」……。戦略云々じゃなくて、まず行動。売るって決めて、売る。なんて非合理だ、と思いました。歓送迎会の企画・運営を、仕事と同等に扱うことにも驚きましたしね。ミスミでは、ロジックや構造化、仮説・検証と、とにかく、合理的に思考を重ねることがベースでした。そこからするとすごいギャップです。でも、だからこそ、人と組織の持つ力や価値をより強く実感できましたし、リクルートのマネジメントは、その力を発揮させる、極めて合理的な仕組みでもあったのです。結果として、ミスミのあとに、リクルートへ行けたことで、気づけたことが多かったと思っています。

 

そのような環境で、新規事業をゼロからつくることになって、改めて、自分の視野の狭さや非力さを思い知りました。ミスミで一定の成果を出していたので、わかった気になっていたんです。プライドが先に走って、苦労しました。用意された舞台でしか踊れていなかった自分にやっと気がつきました。

 

ただ、そこから何とか事業を立ち上げることができたとき、自分が実現したいことが形になることの喜び、楽しみを知りました。そこで、この事業を生む喜びをみんなに味わってほしいという想いが強くなり、事業構想大学院大学に入りました。ここで2年学べば、事業構想のプロといえるんじゃないかと思って。

 

ベースとなる想い × 現実化する力

中村一浩さんの画像

 

Q.苦労の末に事業を立ち上げたところで、独立を決めたのはなぜですか?

 

大きなきっかけは、森に行ったことです。森のリトリートというプログラムに参加しました。そこでの経験が、社会人1年目に抱いていた、シンプルに、「自分がやりたいことをやる」という思いを呼び覚ましてくれました。

 

森の中では、「事業をできる人を増やしたい」ならそれをやればいいじゃないかという想いにいたり、その感覚を信じて独立してみようと思いました。森という自然は、最終的には人間には理解しようがない世界なので、そのお手上げ感がよかったんだと思います。何かを理解しようとしていたら、この感覚を受け入れられなかった気がします。

 

Q.実際、独立してみて、いかがでしたか?

 

独立してみたものの、1年目は大苦労です。大学院で出会った「地域」というテーマに関わり始め、そこで事業をつくることにチャレンジする中で、こんなにも一般のビジネスと前提が違うんだと、その違いに悩まされました。

 

結果、気づいたのは、左脳的な「思考」アプローチと、右脳的な「感覚」アプローチの、二者択一ではない、ということです。事業を生むベースとなるのは、人の想いや、その先に描く世界観です。その想いがないと、上にどんなにいい戦略が乗っても新しい事業はうまくいかない。そこには、土台や行く着く先の絵がないからです。

 

でも、土台ができ、行き先がわかっただけでもダメで、やりたいことをやるためには、現実化する力がないと形にならない。自分が本当に関心のあることは、人のベースにある「想いを明らかにすること」と、現実に形にするための「構想を描くこと」なんだと、気づきました。

 

・  ・  ・

 

以上、【A面】では、しくみ・戦略という左脳的な側面、モチベーション・想い・行動につながる右脳的な側面、両極端な体験を振り子のように行き来してきたキャリアをお伺いしました。

 

後編となる【B面】では、その振り子が実際にプロジェクトの中でどのように見出されるのかを伺ってみます。

 

 

<つづく>

 

 

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この記事の筆者

きくの ようこ

きくの ようこ

人生・ナリワイを自由にデザインし、実現できる社会になればいいな、という願いを胸に、ライター、コーチ、ファシリテーターなどを生業とする。東京に居を構えながらも地方や森に出没することが多い。特技は、人の強みや夢を絵に描くこと。