企画力を上げる冒険
に出るならこちら

冒険に出る

2016.02.04

【企画人:A面】中ノ森寿昭さん(株式会社スーパー・フェイズ取締役副社長)/ チャレンジする人に出会うと血が騒ぐ! 既成概念を超えて仕事をうみだす

中ノ森さん写真

 

【インタビュー「企画人」 】
「企画人」は自由だ。働き方も自由だ。理想と現実のギャップを埋めるチカラ、「企画力」があれば、仕事も、はたらきカタも、プライベートも、人生はもっと自由にデザインできる。多様な企画力を駆使してその人らしい生き方を実現している先人たちを訪ね、「A面:生き方・働き方」「B面:企画のポイント」をテーマに話を聞く。

 

今回の「企画人」は、株式会社スーパー・フェイズ取締役副社長、中ノ森寿昭さん。元山陰合同銀行常務執行役員であり、また、合銀キャピタルの立ち上げ人としても金融業界で活躍してこられた中ノ森さんは、一般的な銀行マンのイメージを超越した企画力と行動力で、応援した人・企業を続々と成功に導いてこられた。銀行を退任後も、応援したい企業に身も資金も投じて立ち上げに奔走する。どこまでもついて行きたくなる人間的魅力と成功に導いてきた企画力に迫る。

 

※記事は【A面—生き方・働き方】と【B面—企画のポイント】の2回に分けてお届けします。本記事は【A面】です。

 

本当に銀行マン?! 既成概念を超えた働き方

中ノ森さん写真

 

Q.これまでのご経歴について教えてください。

 

大学卒業後、山陰合同銀行へ就職。支店長として地元企業を資金面から、経営面までサポートしていました。中でも、私はベンチャー企業に血が騒ぐんです。銀行が子会社としてベンチャーキャピタルを立ち上げることになった際、私ひとりで任されることになりました。そこで投資した企業は、最初は苦戦していても、次々と業績を伸ばすことができました。同時に、地元のサッカークラブチーム、ガイナーレ鳥取の経営支援もボランティアで行っていました。

 

銀行を退行することになった後は、現職のスーパー・フェイズの経営陣に加わることに。銀行が用意してくれていた関連会社のポストもあったのですが、お断りしてサポートが必要だと思った会社に行くことにしました。

 

同社は銀行として支援しているときから、ずっと頑張ってきた社長の姿を知っていましたし、社会性の高い事業だと感じていました。それで、なんとかうまくいくところまで応援したくて。

 

資金を投資しつつ、自分が経営にも入っています。よく考えてみると、これこそキャピタリストですよね。普段は、窓から大山がよく見える米子のオフィスで執務しつつ、出張ベースで、東京支社と営業先のある東京に来る生活を送っています。

 

物事が動くには、出会いからもうひとつ発展すること

 
中ノ森さん
 

Q.中ノ森さんが支援した先はなぜ、次々と成功してこられたのですか?

 

VCにいたとき、資金調達に来た経営者には、プレゼン内容がダメでも、私の回答は「こうしたらもっと上手くいくよ」とか、「ここまでならできるよ」というものでした。簡単にNOとはいいませんでしたね。我ながら、優しいキャピタリストだったなぁと思いますよ(笑)。

 

物事は出会いからもうひとつ発展しないといけない。 できるとか、できないとかを超えたところにあると思うんですよね。

 

また、応援したいという気持ちがあることが大事。気持ちがあると、知恵が働くし、体も動く。何かと、苦労している会社が好きでね。なんとか資金繰りができないものか、よく一緒に考えたもんですよ。

 

そうやって気持ちが動くのは、やはり人ですね。私は若いときからおつきあいしていた人たちは、どんなに目上の社長でも、若輩の私のことを「銀行さん」とは呼ばずに「中ノ森さん」と、名前で呼んでくれるような方でした。こういうところが実は、人間の大事なところなんじゃないかと思います。そういう人を応援するのが好きなんですね。

 

業務の範囲は関係ない!? やると決めたら即行動!

大山

 

Q.銀行の関係以外でも、いろんなところとつながりをお持ちですよね。

 

とにかく、応援したいと思ったら、それが銀行の業務の範疇でやりきれないことがあれば、プライベートの時間をつかってでも、やっていました。

 

例えば、地元の有志が出資しあって応援していたサッカーのクラブチームのガイナーレ鳥取にも思い入れがあります。運営資金が必要なときは、銀行の業務が終わったあとに、飛行機の最終便で東京に向かい、資金調達に奔走し、始発で米子に戻って出社することもありました。支援先とは、平日しか会えませんでしたのでね。

 

他には、“なた豆茶つくり“もしましたよ。支店長時代、銀行として応援していたホテルがありました。その社長と何か仕掛けようと企んでいたあるとき、「なた豆茶」が脳の活性化や腎臓にもいいという話題を耳にしました。近所にはかつてタバコ農家だった家があり、乾燥機を持っていましたので、これがあれば、お茶をつくることができます。そこで、自分たちで「なた豆茶」づくりができるんじゃないか?と二人で盛りあがりました。

 

そこで、さっそく「社長、種を買ってきてよ。僕が母親に畑のつくり方を教わって耕すから」という具合に、“なた豆茶製造・販売事業”がはじまったのです。

 

お茶は、通信販売で売りました。当時としては珍しく、女性の社員さんが、私がトラクターで畑を耕す姿を写真に撮ってインターネットに掲載するプロモーションをやっていました。それなりに売れましてね。もちろんホテルの売上です。

 

最初の2年立ち上げたあとは、地元の農家さんにお任せしました。今や、それなりの収益を生み出す事業になっていますよ。そのときにあるリソースで小さく試してから、事業として形にする。今思えば、まさにプロトタイプですね(笑)。

 

これはいい! と思ったら、まずやってみる。そうすると、結果はついてきますよ。

 

・  ・  ・

 

以上、【A面】では、中ノ森さんのこれまでのご経歴を中心に、手がけてこられたことや、その行動の源泉について伺いました。

 

後編となる【B面】では、共鳴した事業をしっかり成果に結びつけてこられた中ノ森さんに、いよいよ企画の極意について伺います。

 

<つづく>

 

 

【企画ラボ、PLANNERSの仲間を募集】
一緒に ”企画” を考え、カタチにしてくれる仲間(ライター)を募集中!
詳しくはこちら

 

 

この記事の筆者

きくの ようこ

きくの ようこ

人生・ナリワイを自由にデザインし、実現できる社会になればいいな、という願いを胸に、ライター、コーチ、ファシリテーターなどを生業とする。東京に居を構えながらも地方や森に出没することが多い。特技は、人の強みや夢を絵に描くこと。