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2016.07.29

【企画人:A面】横田親さん(兵庫県丹波市市議会議員・小商い塾主催)/新しいキャリアを企画する

 

【インタビュー「企画人」 】
「企画人」は自由だ。働き方も自由だ。理想と現実のギャップを埋めるチカラ、「企画力」があれば、仕事も、はたらきカタも、プライベートも、人生はもっと自由にデザインできる。多様な企画力を駆使してその人らしい生き方を実現している先人たちを訪ね、「A面:生き方・働き方」「B面:企画のポイント」をテーマに話を聞く。

 

横田親さん画像

 

今回の企画人は、兵庫県丹波市にて市議会議員を務め、さらに小商い塾の主催など幅広く活躍されている、横田親さん。市議会議員さんということでスーツ姿かと思いきや、まさかの麦わら帽子で登場です。この麦わら帽子は、待ち合わせの人が「自分を探すという人生における無駄な時間」をなくすための企画力の1つ。横田さんの常に学びを求め、行動をおこしながら切り開いてきた新しいキャリアの形の企画力に迫ります。

 

※記事は【A面—生き方・働き方】と【B面—企画のポイント】の2回に分けてお届けします。本記事は【A面】です。

 

常に学びを考える

横田親さん画像

 

Q.市議会議員になるまでの経緯をお聞かせください

 

私は三重県桑名市出身で、立命館大学を4年で卒業しました。その後、株式会社リクルートエイブリック(以下、リクルートエイブリック)に6年弱勤めました。会社員4-5年目のときに、オンラインでMBAを取得し、5年目11カ月(2011年2月)に退職しました。退職後は、MBAのフィールドワークでお世話になった丹波市で農業をしていたのですが、3ヵ月で社長と喧嘩してクビになってしまって。その後は2ヵ月のフリーターを経て、「NPO法人北近畿みらい」のスタッフとして広報・PRを行い、2012年4月に独立しました。

 

個人事業で経営者やNPOへのアドバイス、起業家のメンターをしていたのですが、市議会議員選挙の2週間前に新聞を見てふと思い立ち、実質10日の選挙活動で市議会議員になりました。議員とは別に個人でまちおこしの研修講師やスモールビジネスの立ち上げのサポートも行っています。

 

Q.まずは、なぜリクルートエイブリックに入ったかを教えてください

 

リクルートグループは変な人が多いと聞いていて、グループを色々受けていました。その中でも当時のリクルートエイブリックの採用担当の方がとても変わった人でした。

 

大学1年の時に読んだ「それでいいのか?大学生!」という本に影響を受け、大学在学中も個性的な生き方をしておこう!と思って過ごし、「変なことをやっていて、損はない」「できるだけ時間があったら、変わったことをやって学んでおこう」と思っていました。

 

リクルートグループは若い人が多いのですが、その中でも当時のリクルートエイブリックには、大手企業の元役員だったような年配の方も多くいました。そういう方たちにステレオタイプに怒られるのと、リクルートの社風の両方が味わえる、特に多様に怒られそうということに魅力を感じました。

 

また仕事内容もグループの中では、より個人的な信用度を求められそうだったので、苦手なことは早いうちに挑戦して学んでおこうと思いました。そんな中、入社式の舞台の上でスーツを破ってふんどし一丁になったので、同じ部署の方がガッカリしたというエピソードもあります。

 

多様な幸せを広めたい

横田親さん画像

 

Q. 入社後6年弱で退職されて丹波市に移住されるんですね

 

新卒1年目は誰でも伸びる、2年目は教育担当、3年目は業績リーダーという新しい役割をつけてもらい学びがあったのですが、4年目のときに次のキャリアまで結構時間がかかるなと思いました。学びの停滞が嫌で、外に学びを求めていたところ、オンラインのMBAに出会い、ITは得意ではなかったので、これを機に学びたいと思ったのと、外部の人脈なども色々と手に入ると思い飛び込みました

 

そして飛び込んだら、視界が開けた。会社に入ったことで全国視野になり、オンラインのMBAに飛び込んだことで世界からの目線が見えてきて、「グローバル視野の中、日本で暮らすにはどうしたらいいのか?」という目線が出来てきました。

 

ちょうど当時はリーマンショック後で、メーカーの求人は激減し、労働賃金の格差で外に出たからもう戻ってこない。そんな中、地域にもっと雇用があるのでは?と研究を始めました。そして、収益はないけど幸福度が高い、年収は高くないけど暮らしが豊かであるということがあり得るということを田舎に行って実感がわきました。

 

今はそういう暮らしをしてきたいと考えている人のビジネスをお手伝いして、そういう暮らし方を広めていきたい。多様な幸せに気づいてチャレンジしたい人が踏み込むきっかけになったらいいなと思います。

 

アクセルを踏み続けると視界は変わる

横田親さん画像

 

Q.丹波市に移住したあと、クビという大きな壁がたちはだかりましたが、どう乗り越えられましたか

 

農家をクビになった後の2ヵ月は、とても重要な期間になりました。収入はないけど、家族(奥さまとお子さま2人)がいるので、「食っていくって何だろう?」と考え続けました。その中で、ぼく自身に月1万円を払う人が40人いれば、食っていける!と思い立ちました。では、月1万円払ってくれる人はどこにいるのだろう? それには悩んでいる人を探すのが足りない!と、毎日3~5人に1人2時間ヒアリングして2ヵ月で約200名に会いました

 

2時間のうち、1時間は相手の過去、現在、未来を徹底的にヒアリングし、残り1時間で未来に向けての埋まらない人材・お金・ノウハウについての提供等を行っていました。未来に向けて自信を失っている場合は、過去の棚卸しから自信をつけて帰っていただくようにすると、「なんかええやつだな」ということで、知り合い3人を紹介してくれる。そういう風に広がっていき、その中でニーズが見えて仕事に繋がりました

 

以上、【A面】では横田さんの常に学びを求めている生き方や、家族を養う立場でフリーターという大きな課題を、2ヵ月で200名にヒアリングするという大きな行動力で解決した企画力について伺いました。

 

大学時代に人力車売上率で全国5位以内の常連だった話や、突然思い立って選挙に出た話は、また別の記事でご紹介いたします。

 

横田さんが現在取り組んでいる企画「地域にリーダーを育成する」話や具体的な取り組みなどに迫る【B面】もお楽しみに。

 

<つづく>

この記事の筆者

yoko koga

こが ようこ

IT企業でのSE、営業ののち、4年のブランクを経てアイクリエイトで修行中。地域でママ×○○として「やりたい」が育つ『ツナグバ』という場づくりに奮闘中。