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2021年2月15日

創業100年を超える朝倉染布 代表 朝倉剛太郎さんに聞く、世界基準の“超撥水風呂敷”開発背景とは?

時流と自分たちの強みを掛け算する

1892年に絹織物の街として長い歴史を持つ群馬県桐生市で、絹織物業の整理加工事業としてスタートした株式会社朝倉染布(旧 朝倉織物整理工場)の6代目社長 朝倉剛太郎さん。時代を先読みし、自社の技術や強みを活かすその柔軟性から、地域の人だけでなく、国内外で多くの方に愛されるブランドづくりをされています。そこで、今回は、朝倉染布独自の撥水加工技術の歴史や、創業時からこれまでの歩み、プロジェクトを進めるうえで欠かせない環境配慮への想いについてお聞きしています。

撥水加工技術が生まれる前

ー早速ですが、朝倉染布さんの撥水加工技術について教えてください。

朝倉:撥水加工技術は私たちの最も得意とする加工で、その歴史は実は東レさんとの共願特許を取得した1980年代からスタートしました。 1980年代当時、おむつカバー素材の主力はビニール製で、水に濡れないけれど、空気も通さずというもの。そのため、寝具は汚れないのですが、赤ちゃんの敏感な肌はかぶれてしまうというマイナス面があったのです。

そこで“通気性と撥水性を同時に持たせることはできないか”と開発したのが、撥水加工の始まりでした。

ー撥水加工技術はおむつからスタートしたのですね!

朝倉:はい、おむつは毎日洗濯をするので、洗濯耐久性が求められます。出荷条件がクリアするまでは苦悩の連続でしたが、この苦労が現在の他社との差別化技術に繋がっていると思います。 撥水おむつカバーは急激に普及し、当時過半数のシェアを獲得するほどになりましたが、すぐにアメリカから使い捨て紙おむつが入ってきて忙しいお母さんの支持を集め、撥水おむつカバーは一瞬で市場から姿を消してしまいました。

ーなるほど、そこからどうやってまた撥水加工の注目が浴びるようになったのでしょうか?

朝倉:その後、撥水加工が脚光を浴びたのが競泳水着でした。なぜなら、撥水加工によって、水の抵抗が軽減するからです。そして通常では水の中に入ると水着は水を吸収して重くなってしまいますが、撥水加工にすることで保水率がかなり低くなるので他社の製品より重くならず、スピードが出ます。現在はトップスイマーに世界的な大会で着用していただいています。


撥水加工技術を風呂敷へ



ー赤ちゃんから世界で活躍するトップスイマーまで、様々な人を想った商品開発が、今の朝倉染布さんの撥水加工技術に繋がっているのですね!では、そこからなぜ風呂敷をつくるに至ったのでしょうか?

朝倉:私たちはストレッチニットの加工や、撥水加工などのニッチな分野を主力マーケットとしていたため、バブル崩壊後もしばらくは生産量を減少させることなく経営ができていました。しかし、やはり徐々に大手メーカーや商社からの委託加工だけでは事業を継続することが難しくなっていたのです。

そこで、2000年代初頭にインクジェットプリント加工事業を開始し、直後に生地販売事業もスタートさせました。ただ、「分業」という業界常識に慣れすぎた私たちにとって、はじめはこちらもなかなかハードルが高い事業でしたね。

ーその時流に合わせつつ、課題にどうやって向き合ったのですか?

朝倉:知名度と営業開発力のない私たちがどのように皆さんに求めていただける製品をつくることができるかを考える中で、改めて「自社の強みとは何か?」という点に立ち返って考えた結果、3つが上がってきました。

1つ目は「特許を取得していた技術がある(※風呂敷を開発した2006年には特許の有効期限は終了していた)」、2つ目は「国際的なスイマーに選ばれるほどの撥水技術」、3つ目は「当時はまだ取り入れている企業が少なかったインクジェットプリント技術を持っている」こと。

この3つの強みを活かすことができるものはないかと考えたとき、風呂敷にたどり着いたのです。風呂敷は日本の文化でもあり、形状はシンプルで使い勝手がよい、そしてシーズン性がないという点から、2006年に『ながれ』を開発することにしました。

ー自社と世の中を分析し、強みを活かしながら、その時々の情勢にマッチさせてきたことが伝わりました!


時代の流れに合わせられる柔軟さ



ー新たな事業を始められるうえでどのように軌道に乗せたか、最初の一歩をお聞かせください。

朝倉:発売開始当初は年間1000枚程度の売上数ででしたが、やはり撥水加工×風呂敷という斬新さと、「水も運べる」という意外性から、徐々に売上を伸ばしてきました。



ー確かに、「水も運べる」という言葉には思わず惹かれます。デザイン面はどうでしたか?

朝倉:社内のデザイナーがデザインしたり、アウトソーシングしたりしているうちに、少しずつ売上が伸びていきました。その中で、「デザインを募集してはどうか?」という声もあったので、思い切って募集してみると、数百件の応募をいただいたのです。

そこで大賞になった方に「ブランドとして立ち上げてはどうですか?」とアドバイスをいただき、そこからカタログやWEBも充実させて行くことになりました。デザイン募集は今も2年に1度程度、定期的に行っています。

その後1000年の歴史ある伝統的な「風呂敷」に撥水という新たな機能を加え、風呂敷の用途を劇的に広げたとして、2011年にはGOOD DESIGN特別賞を、2013年にはドイツのRED DOT賞を受賞しました。

ーなるほど!国内のみならず海外の賞も受賞されているとのこと、日本の伝統技術が海外にまで広がっていますね。海外への風呂敷の展開という点はどうでしょうか?

朝倉:国内のみならず、海外でも当社の撥水技術は珍しいので、海外に進出したいという思いはずっとありました。実は、中国や東南アジアなどの展示会にも出ていきましたが、当初はなかなか苦労しましたね。 でも、ここ数年は日本の良いものをWEBで販売したいという声や、香港や台湾で展開している大手の鞄屋でかばん用のアクセサリーとして販売してくれて、売上が上がりました。



ー次の一手を常に考え、模索して行動することがが形になっていらっしゃいるのですね!

環境にも配慮する技術の追求



ー幅広く展開していく中で、地球環境への意識はどのように考えていますか?

朝倉:段階的ではありますが、こちらは常に改善を進めています。もともとは加工に使う溶剤が非常に危険な薬剤だったため、実は当時のスタッフはガスマスクをつけて作業をしていたんです。ただ、私たちには従業員の健康を守る責任があるので、自社を中心に溶剤の加工開発を進め溶剤の水溶化に成功し、安全性を高めることができました。その後、溶剤を使わない完全な水溶性の撥水剤を用いて加工するようになりました。従業員の命にかかわることだったので、お金をかけ安全性を確保しました。

ただ、水溶化したことでスタッフの健康面への安全性は確保できましたが、環境にはあまり良くない薬剤でした。

ーガスマスク…!そこまで危ないものを、安全性の高いものへ。その後、環境にはどうアプローチしましたか?

朝倉:環境によくない薬剤だったこともあって、2013年ごろから撥水剤製造業者が、薬剤の使用を自主規制(環境配慮)しはじめ、これにより撥水効果の低下が余儀なくされました。当時から「水も運べる風呂敷」として販売していた当社としては、撥水効果が減ってしまっては商品を販売することができないので、環境に負荷がなく、きちんと撥水効果があるものをつくるために、撥水剤の研究や、薬剤の組み合わせ、撥水剤と生地をくっつける架橋剤の研究など何千通りも繰り返し行いました

その結果、今の独自の超撥水加工技術「dewelry®」が誕生したのです。



ー働く従業員、そして環境を思って行動されているということですね。最後に今後の展望をお聞かせください。

朝倉:やっぱり、SDGsとくに環境配慮に対する取り組みは、これまでも行っていましたが、今後も取り組んでいかなければと思っています。 例えば、今使っている素材について可能な限り再生ポリエステルや環境配慮型の素材の比率を上げて、目標立ててやっていくこと。 あとは、温室効果ガスの問題ですね。私たちは染色をするために茹でる必要があるので大量の熱を使い、それを乾かすためには熱風を使う。そうすると天然ガスをとても使ってしまいます。燃料大量消費型の事業なので、10数年前までは重油を燃料にしていましたが、そうするとNOx(窒素酸化物)や炭酸ガスなどの温室効果ガスが大量に出てしまうのです。
そこで、今後は天然ガスに変えるなどしていき、節電や省エネをもう一段進めようと思っています。

ー商品をつくるだけでなく、つくる過程でも環境配慮されていることが素晴らしいですね!

まとめ


創業から100年を越える朝倉染布さんは、その時代その時代で世の中の情勢を読み、自社の強みをそこにマッチし続ける文化が根付いているからこそ、技術力を高めることができ、素晴らしい商品や技術が生まれているのだということを感じました。時代に合わせたものを提供し続けられる柔軟性こそが新しい価値に繋がっています。

朝倉剛太郎
1993年3月慶應義塾大学経済学部卒業後、一部上場の商社に勤務し、タイ王国の合弁会社でCFOを経験。2002年1月に朝倉染布株式会社に入社し、2007年7月に第6代社長就任。同社の主力事業の市場低迷対策として、事業形態を賃加工業形態から、製造販売業形態への転換、撥水風呂敷「ながれ」を始めとする自社商品開発と拡販に注力する。趣味は、ゴルフ、ランニング、読書等。特技はタイ語。

朝倉染布株式会社HP
1892年創業(創業129年目)の老舗染色整理加工場。創業当時は、地元桐生市の絹織物の加工からスタートし、戦後、ナイロンやポリエステル等の合繊繊維の染色加工業に転換、更に1970年代に織物の加工からストレッチニットの加工業へと転換を図る。2000年には、当時としては先進的であったインクジェットプリント加工をスタート。2006年に同社の強みを活かした水も運べる撥水風呂敷「ながれ」を開発、発売し累計35万枚を超えるヒット商品に。また、古くから働き方改革を進め、2015年「キャリア支援企業表彰」厚生労働大臣賞受賞他受賞多数。2017年女性活躍推進法「えるぼし」最高位の「三ツ星」を群馬県内1号(全国中小企業8番目)認定。

SDGsゴール

8番:働きがいも経済成長も
12番:つくる責任つかう責任