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2020年3月25日

子どもの病気をきっかけに、カラダを育てる「おやつ」の販売を仕事に。Kururi 飯島史子さん

年齢が上がるにつれ、「食」に気を付ける人は多くなります。そのきっかけとして多いのが「出産」だったり子どものアレルギーが原因だったりと、子どもにまつわることも。今回、長男の難病がきっかけで食についてとことん学び、実践し、約4年前から「Kururi」という「体に嬉しいだけじゃないおやつ」を販売している飯島史子さんに、そのきっかけや、はじめかた、つづけかたを伺いました。


きっかけ:ストイックにやりすぎて、気づいたら笑顔がなくなっていた




―食にこだわるようになったきっかけはなんですか?


飯島:小さいころから母親がマクロビオティックを取り入れていて、元から食は意識をしていました。ただそんな中、長男が幼稚園の頃に、難病指定の病気にかかり、「いままで人一倍食を意識していたのに、なんでこうなったのだろう?」と思うようになりました。


そこから、色々食について学んでいく中で、原始人食と言われる「パレオ食」に出会い、ストイックに実践し始めました。この考えは、添加物、遺伝子組み換え食品、など食べてはいけないものが多く、市販品はほとんど食べられないため、すべて手づくりでした。


当時、5歳、3歳、1歳の子どもがいて、すべてを手づくりしていたので、1日のほとんどをキッチンで過ごしていたと思います。それでも長男の病気の数値がよくなることもなく、入院をくり返していました。


そしたらある日、子どもに泣きながら「ママが全然笑ってない!」と言われてしまって、そこではじめて自分が笑えていないこと、子どもたちも笑っていないことに気づきました。


いい食材をつかった手の込んだ料理ってキラキラしたイメージがありますが、現実はおいしくない! 楽しくない! と牢獄にいるような生活だったと思います。


そこで、子どもたちの笑顔を取り戻すために、食事も見直しました。


このときの私の状態は「オルトレキシア」と呼ばれている症状に該当するようです。食にこだわりを持ち過ぎて自分を追い詰めたり、正しいと思うが故に無意識のうちに精神的な部分を含めた栄養失調になってしまう状態です。私は子どもたちのおかげでこの状態から抜け出すことができました。


―どのように変えていったのですか?


飯島:子どもたちがリラックスして楽しく食事ができること、子どもが笑顔になることを一番に考えました。たとえば、子どもが友達と一緒にファストフードを食べたがっていたら、食べてみるなどもしてみました。入退院をくり返していたときに、子どもが食べたがっているおやつなど、「子どもたちが興味あるのに経験できていないこと」というのが多いことにも気付きました。今後はそういうことも経験させてあげたいと思ったので、子どもが興味をもつもの、笑顔になるものを優先しました。


そうするうちに病状も回復してきて、「栄養ってなんなのだろう」と改めて考えるようになりました。


そこで気づいたのが「おいしさ」がないと心の栄養にもならないし、心の健康は体の健康にも比例する。みんなで楽しくおいしく食べることが一番大切だと思うようになりました。


はじめかた:自宅教室からはじめて、生徒さんの声で販売へ

Kururi


―笑顔を大切にした食事の仕方に変えた後、Kururiをはじめたきっかけはなんですか?


飯島:色々学んできたことを少しでも社会に貢献したいと思い、お料理教室をはじめました。笑顔を大切にした食事に変えてから実践していたのは、低糖質とグルテンフリーでした。当時はまだそこまでメジャーでもなかったので、これを広めたいと思っていました。


お料理教室では、講座の時間やティータイムをもうけ、そこで手づくりしたグルテンフリーで低糖質のおやつを出していました。それが思いのほか好評で、「教えて欲しい」や「売ってくれない?」などの声を多くいただき、「需要があるなら、商品にしよう!」と思いました。


偶然にも家を建てるタイミングだったため、自宅に菓子製造許可キッチンをつくり、そこで販売用のお菓子の製造をはじめました。


―お菓子は口コミで広まっていったのですか?


飯島:料理教室に来てくれていた方や友人を中心に口コミで広まりました。また色んな知り合いにも感想が欲しいとわたすと、SNSに感想をあげてくれて、そこからまた広がったりしました。


半年を過ぎたころに、知り合いの方につないでいただいた福祉施設の方に製造の委託もはじめました。


やはり自分でつくるのとは違うので、わかりやすく、つくりやすいようにレシピを調整して、はじめは何度も施設に足を運んで一緒につくって、同じ味となるように工夫をしました。


ひろげかた:1度断られても、再チャレンジで広がる

Kururi Kururiでは、オリジナルバッグも販売


―約4年間続けていくなかで大変なこともありましたか?


飯島:口コミで広がっていったとはいえ、製造の委託で残ったものは自分たちで食べることになり、最初の1-2年は毎日のようにくじけていました。


原材料にもこだわり、手作業で丁寧につくっているので、おやつとしては単価が少し高いので、高価なおやつという需要を切り開くのが難しかったです。


毎週土日に青山の国連大学前で開催されている青山ファーマーズマーケットに一度申し込みましたが、焼き菓子部門はもうすでに埋まっており、出店が叶いませんでした。でもあきらめきれず、もう一度挑戦しようと、1年後に再度電話で問い合わせしたところ、ちょうど空きが出たタイミングで、低糖質の焼き菓子の出店は他にないと、採用していただきました。


そこからはピーク時には、ひと月の土日を全部出店したりしていました。(現在はちょっと出店をお休みしています)


そうすると、参加された方がSNSに投稿してくれたり、またバイヤーさんとの出会いもあり、地方の店舗に卸したりと、さらに広がりました。あきらめずに挑戦して青山ファーマーズマーケットに出店したことがターニングポイントになったと思います。


おわりに

Kururi


「今後は、より正しい知識でグルテンフリーや低糖質を知ってもらうなど、「Kururi」も1つのコンテンツとして、気づきのきっかけとなるものをつくっていきたいと思います」と話していた飯島さん。一時は笑顔が出ない時期もあったとは思えないほど、柔らかい笑顔が印象的でした。


実は飯島さんには水中モデルという別の顔もあります。こちらはまた別の記事でご紹介いたします。


飯島史子
日本ではじめて水中を専門にタレント事業を行う傍ら、長男の難病発病により食の在り方を再確認。 その経験を元に“心と体と栄養の関係”を、提案している。「体に嬉しいだけじゃないおやつ」として 「Kururi」を販売している。


My First Action
*身近なところでできることから始める
*そこで出てきた声(ニーズ)をひろう



ディレクター、クリエイター、コミュニケーターの顔を持つ、 「サステナブルラグジュアリー」な価値をつくるクリエイティブコミュニティ。 あらゆる組織、チームの人たちと、柔軟にプロジェクトを組み、価値をつくっていきます。

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