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2020年6月22日

できることは泳ぐことだけだった。日本で初めて水中モデルという仕事をつくった飯島史子さん

今子どもたちに人気の職業であるYouTuberは10年前には存在しない職業でした。これからも消える職業、新しくできる職業がうまれてきますが、今回お話しを伺ったのは、日本で「水中モデル」という仕事をつくった飯島史子さん。学生時代に結婚して、子育て中に何かやりたい! と思ってはじめたものでした。 当時はその肩書を名乗る方は日本にはいませんでした。


飯島さんはその数年後にカラダを育てるおやつ「Kururi」もオープンしますが(その時のお話しはコチラから)、今回は「水中モデル」というそれまでになかった仕事をつくった話しを伺いました。


※水中モデル PVやドラマなど水中でのパフォーマンスの映像が必要なときに、実際に水中でパフォーマンスを行うこと。
最近は実際のパフォーマーとしてではなく、動きの監修など役割が増えている。中国資生堂のCM「シンクロ×ANESSA」ではキャスティングから演技まで、シンクロを担当。



きっかけ:できることは1つしかなかった

飯島史子


ーもともとは、どういうことをされていたのですか?


飯島:私は大学3年生で一人目の子を出産してそのまま専業主婦になったので、社会に出たことありませんでした。もちろん就職活動もしたことがなく、「働く」というイメージや「スキルを身につける」というイメージをもたずにきてしまったことがコンプレックスになっていました。


そして二人目の子が生後3-4か月の頃、ちょうど夫は朝早く家を出て深夜に帰宅という状況で、私は話し相手が3歳の長男という日々が続き、「私は何をしているのだろう?」と思うようになりました。


いま振り返ってみれば、「子育てをしているだけでじゅうぶんだよ」と言ってあげられるけど、当時友人たちは社会人2-3年目でキャリアを積んでいる中で、「私は?」という思いが膨れていってしまいました。


―同じ状況じゃなくても、周りと比較して「わたしはどうしたらいいのだろう」と不安になることは、きっと多くのヒトが経験することかと思いますが、そこからどうやって自分にできることをされてきたのですか?


飯島:私は体育大学で「シンクロ(現:アーティスティックスイミング)」をしていたので、今まで得たスキルは、「泳ぐこと」しかなかった。そこで、子どもがいる状態で「泳ぐこと」で何ができるだろう? と考え、いろいろ調べ始め、海外では水中で活躍しているタレントがいることを知りました。そして日本では? と調べたけど、当時見当たらなくて。


―できることは1つだけだと思って、いろいろと調べたんですね。でも、日本で誰もやっていないことは一見するとチャンスではありますが、一方では不安でもありますよね。


飯島:日本でやっているヒトがいないということは、仕事自体もたぶん少ないだろうけど、私は逆にそれが子育てをしている自分には都合がいいなと思いました。


はじめかた:できることをわかりやすいカタチにして、営業活動

最初に撮影されたPRビデオ


―実際はじめようとしても、何からすればいいのかわからないと思うのですが、飯島さんは何からはじめたのですか?


飯島:まず考えたのは、「水中のことでいろいろなことができます」とアピールするためには、なんて言葉で伝えたらいいのだろう、ということです。そこで思いついたのが、「水中モデル」という言葉でした。


―端的でイメージしやすく、わかりやすいですね!


飯島:そして今度は実際に知ってもらうためにPRビデオを作成しました。まずは見せないことにはイメージがわかないので。


カメラマンとモデルをマッチングさせるサイトで水中カメラマンをしている方にコンタクトを取り、想像でしかない絵コンテを見よう見まねで描き、こういうのを撮りたいと伝えました。


その方が「夢を持っているヒトの応援をする」という気持ちがある方で、ロケ地の選び方など、たくさん協力していただきました。


―動画が完成したら、今だとYouTubeに載せるなどの方法もありそうですが、その動画をどうされたのですか?


飯島:日本で水中を専門としている制作会社を調べました。2社しか出てこなかったのですが、その2社に、一度挨拶をしたいと電話して、実際にPRビデオを持って営業にいきました。


行ったときは挨拶で終わりましたが、数カ月後にそのうちの1社から最初のお仕事になる、GLAYさんのミュージックビデオの水中シーンのモデルのオーディションの話しをもらい、それが決まったことをきっかけで少しずついろいろなところからお話しをいただけるようになりました。


今はオファーをいただいたときに活動しています。


つづけかた:求められているのは経験だけじゃないと気付いた

飯島史子


―新しい「水中モデル」というお仕事をはじめて、自分が演じるだけでなく、最近のお仕事ではキャスティングから演技まで担当されたということで、飯島さんの対応される範囲が増えている印象ですが、その中で困難だったことはありますか?


飯島:自分自身が監督さんや演出さんの希望通りに泳ぐことは得意ですが、シンクロの経験を活かして振付けと演技指導をお願いされるお仕事も増えてきた際、自分の経験値では監督さんの求める演出に追い付かないのでは? と不安になり、経験不足を痛感したことがあります。


―自分自身でスキルやキャリア不足だと感じてしまって不安になることってあると思います! それをどう乗り越えたのですか?


飯島:シンクロに限らず、すべてにおいて「自分で学べることはとことん学ぶ」を常に意識しています。水中に限らず多様な振り付けを観たり、実際に鏡の前で何度もポーズをとってしっくりくるものを探したり。そして、自分だけでは足りない場合は、経験の長い友人や一緒に撮影しているメンバーにも意見を聞きました。


自分1人で演出をするのではなく、出演者全員で意見を出し合ってカタチにする方法をとりました。


特に、最初に振り付けのオファーをいただいた作品は、私自身はほとんど役に立たず、一緒にいるシンクロのトップ選手たちに助けて頂いて、なんとか撮り終えました。まだ昨日のことのように思い出せます。


これらの経験から、私たち演者はあくまでクライアントさんや監督さんのイメージをカタチにする駒であるということに気づきました。 また、自分の理想を詰め込むのではなく、どうやったらその商品(もしくは映像)が見る人に印象的に伝わるのか? という消費者目線を大切にするようになったことが大きな気づきになりました。


今後も不安になることもありますが、シンクロの経験だけではない、もう1つの消費者目線というものも学び続けたいと思います。


おわりに

周りと比べて、自分は何をやっているのか? と不安になることは、多くの方に一度は経験があることだと思います。でもそんな中、自分にできることにフォーカスして、それで仕事になるかを調べ、キャッチーで相手に伝わりやすい「水中モデル」というラベルを貼り、「PRビデオ制作」というヒトに伝わるカタチにして、自分で営業をかけるという行動をしてきた飯島さん。この行動力や“つづけかた”で語っていただいた「とことん学ぶ」という面は、その後子どもの病気を経て学んだカラダにやさしいおやつづくりにもいかされて、今は「Kururi」のオーナーもされています。


自分のできることをシンプルに伝えて行動していく、学んで身に着けたことで発信し、仕事にしていく姿勢にとても刺激を受けた取材でした。


飯島史子
日本ではじめて水中を専門にタレント事業を行う傍ら、長男の難病発病により食の在り方を再確認。 その経験を元に“心と体と栄養の関係”を、提案している。「体に嬉しいだけじゃないおやつ」として 「Kururi」を販売している。


My First Action
*できることを「伝わりやすいカタチ」にする
*自分に興味を持ってくれそうなところにアプローチする



未来のライフスタイルをつくる共創型コミュニティ。コミュニティ発のオリジナルプロジェクトや、クライアントにあわせたオーダーメイド型プロジェクトなど、様々なスタイルのチームアップで、未来につながる価値を生み出します。

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